MARを置いた補完まで済んでも、残る問いがあります。観測情報を条件にしてもなお、欠測した人の値が観測された人と違っていたら、という問いです。統合までの手順は前のRでの実行とRubinの統合則で確かめました。MARの仮定の意味はMARの仮定と連鎖方程式に戻って読み直せます。
この違いはデータからは確かめられないため、仮定をどれくらい動かすと結論が変わるのかを数値で残すことになります。あわせて、反復測定や多施設データ、生存時間解析でMICEを使う時の注意点と、論文の方法に何を書けば解析が再現できるのかを整理します。
MNARを扱う感度分析
欠測した総コレステロールが、同じ年齢、BMI、高血圧の有無を持つ観測者より高いと考える根拠がある場合、MARでの補完だけではその仮定を表現できません。

そこで、MARを基準に、未観測値の分布をどれくらい動かすと推定結果が変わるかを調べます。連続アウトカムの単純な位置シフトを考えるなら、次のような設定ができます。
$$Y_{\mathrm{mis}}^{(\delta)} = Y_{\mathrm{mis}}^{(\mathrm{MAR})}+\delta \tag{1}$$
式(1)は、MARの下で補った欠測アウトカムへ、指定した差$\delta$を加えることを表しています。$\delta>0$なら、同じ観測情報からMARで予測する値より、欠測者の値を高く置く設定です。
ここで、この$\delta$は、観測データから自動的に分かる値ではありません。また、単位に依存するため、総コレステロールで10を加える設定と、対数尺度で0.1を加える設定は同じ意味になりません。
そのため、説明用に複数の$\delta$を置くことはできますが、実際の研究では外部情報や測定の背景から範囲の根拠を付けます。そして、各設定で全ての補完データセットを解析し直し、推定値と信頼区間を統合します。治療群ごとに欠測理由が異なる場合には、全群へ同じ差を加える設定だけでは変化を捉えられない可能性もあります。
ただし、欠測共変量がほかの欠測変数の補完にも影響する場合、最後に一列だけをずらす処理では、仮定の変更を連鎖全体へ反映できない場合があります。miceにはNARFCSによるMNAR補完の機能もあり、こうしたモデル指定を伴う感度分析に使えます。
そして、完全ケース解析とMARでのMICEを比べるだけでは、MNARへの感度を十分に調べたことにはならないため、どの未観測の違いを想定して動かしたのかを、結果と一緒に記述する必要があります。
たとえば、臨床的に意味のある群間差が保たれなくなる点や、信頼区間が判断の境界をまたぐ点を探す方法は、tipping-point解析と呼ばれます。ただし、p値が0.05をまたぐ場所だけを見るのではなく、その変化を起こす欠測値の仮定が臨床的にどれくらい想定しやすいかを説明します。
なお、二値アウトカムへ式(1)の値をそのまま足すと0と1の範囲や二値性が崩れるため、イベント確率のロジットなど、補完モデルに合う尺度で仮定を動かします。また、死亡によって定義されないアウトカムは、単に大きな差を加える感度分析の前に、推定対象そのものを整理します。
反復測定と多施設データ
同じ人を複数時点で測定したデータでは、同じ人の値同士が関連します。また、多施設データでは、同じ施設の対象者に共通する特徴がある場合があります。
そのため、この構造を無視して各行を独立な対象者として補完すると、個人内や施設内の相関を弱める可能性があります。最終解析だけを混合モデルにしても、補完で失われた構造が自動的に回復するわけではありません。
そこで、測定時点が共通していて数も少なければ、時点別の測定値を別列にする横持ちの補完が候補になります。ただし、時点が多いと列数が増え、観測数に対して補完モデルが複雑になります。
一方、施設や個人を階層として扱うなら、多水準の補完方法が候補です。miceにも2段階用の方法がありますが、単に施設IDを数値の説明変数へ入れることとは異なります。施設1と施設2の差を、施設2と施設3の差と同じ量として扱うことに、通常は根拠がありません。
また、ある施設で特定の検査が全員未測定なら、その施設内では当該検査とほかの変数の関係を学習できません。他の施設からどの関係を借りるかという仮定が強くなるため、部分的な欠測と区別して説明します。
生存時間解析への応用
MICEは生存時間解析に限る方法ではなく、線形回帰、ロジスティック回帰、反復測定などにも使われます。生存時間解析で問題になるのは、アウトカムの情報がイベントの有無と追跡時間の組として現れる点です。
たとえば、Cox回帰の共変量を補完する時、イベント指標だけを入れて追跡時間を無視すると、同じイベントなしでも短期間しか追跡されていない人と、長期間イベントなく追跡された人を区別しにくくなります。
この点について、WhiteとRoystonは、イベント指標とNelson–Aalen推定量による累積ハザードを補完モデルへ含める方法を論じています。これはCox回帰との関係を意識した方法ですが、強い非線形性や時変効果など、どのような解析モデルでも同じ指定で十分という意味ではありません。
打ち切り例では、イベント時刻が最終追跡時刻より後という情報があり、イベント指標0は「将来もイベントが起きない」という意味ではなく、この制約を無視して、打ち切り後のイベント時刻を通常の欠測値としてPMMで埋めることは推奨されません。
そこで、右打ち切りを扱える解析では、観測追跡時間とイベント指標をそのまま利用し、欠測共変量の補完とは分けて処理します。また、イベント時刻を補う専門的な方法もありますが、生存時間分布や打ち切り機構についての仮定と、打ち切り時点より後という制約が必要で、通常の連続アウトカムの補完例をそのまま転用する方法ではありません。
生存時間解析での具体的な欠測の扱いは、生存時間解析における欠測データで扱っています。また、追跡から外れる仕組みが問題になる場合は情報的打ち切り、因果効果を推定したい場合は生存時間解析における因果推論と合わせて、何を欠測として扱っているかを確認します。
論文に残す補完モデルの情報
Sterneらは、疫学・臨床研究における多重代入の利用と報告を論じています。論文でMICEの使用だけを記しても、読者は欠測について置いた仮定や、解析を再現するための設定を判断できません。
そこで、方法には、分母を明確にした変数ごとの欠測数と割合、分かっている欠測理由、補完モデルへ入れた変数、変数別の補完方法を記します。そして、生成数と反復回数などの内容を続けます。
特に、アウトカムを共変量の予測へ使ったか、アウトカム自身の欠測も補ったか、補完アウトカムを最終解析へ含めたかを分、確認された測定値やイベントの人数と、多重代入を用いた集団レベルの推定結果を区別し、補完値を含む人数を確認済みの人数として記載しないことが重要です。
では、この設定を論文の方法へどう書けばよいでしょうか。今回の実行例の補完設定だけを文章にすると、次のようになります。
年齢階級、BMI、高血圧の有無、総コレステロールを用いた連鎖方程式による多重代入を行い、これらの情報を条件としたMARを仮定しました。BMIと総コレステロールには予測平均マッチング、高血圧の有無にはロジスティック回帰を用い、欠測のない年齢階級は補完モデルの予測変数として使用しました。また、アウトカムとした総コレステロールの欠測10人分も補完し、観測値15人分と合わせて各補完データセットで25人を解析しました。miceパッケージ3.18.0で30組を生成し、各連鎖を20回反復、乱数シードを42としました。そして、各組へ同一の線形回帰モデルを当てはめ、回帰係数と分散をRubinの統合則で統合しました。
比較のためのMIDについては、次のように別記できます。
通常の多重代入で生成した同じ30組を使い、元から総コレステロールが観測されていた15人に各組の回帰分析を限定しました。その15人の欠測共変量には補完値を使用し、元から総コレステロールが欠測していた10人は回帰分析から除いた上で、推定値と分散を統合しました。
ただし、これらの文章だけでは、MARやMIDを置く研究上の根拠や、診断で確認した範囲までは伝わらないため、実際の研究では、図1のような一部の連鎖の平均だけを見たのか、全補完変数の分散や条件付き分布まで確認したのかを区別し、行った内容だけを記述することが求められます。
さらに、完全ケース解析との結果が異なった場合には、その差を隠さず、解析人数と推定値、信頼区間を並べます。MICEの方がp値が小さいという理由で主解析を選び直すと、欠測処理の判断が結果に依存してしまいます。
そして、自分のデータへ置き換えた時に判断が難しくなるのは、欠測率の計算よりも、測定されなかった理由と解析モデルの関係です。補助変数をどこまで使えるか、交互作用や階層構造をどう保つか、そしてMARからどの範囲を動かすかという解析方針については、Dr.データサイエンスでご相談いただけます。
参考文献
Sterne JAC, White IR, Carlin JB, et al. Multiple imputation for missing data in epidemiological and clinical research: potential and pitfalls. BMJ. 2009;338:b2393.
White IR, Royston P. Imputing missing covariate values for the Cox model. Statistics in Medicine. 2009;28(15):1982-1998.
International Council for Harmonisation. Addendum on estimands and sensitivity analysis in clinical trials to the guideline on statistical principles for clinical trials E9(R1). 2019.
Hughes RA, Heron J, Sterne JAC, Tilling K. Accounting for missing data in statistical analyses: multiple imputation is not always the answer. International Journal of Epidemiology. 2019;48(4):1294-1304.


